内田裕也氏・波乱に満ちた人生に幕‼︎希林さんの死から半年

この記事を読むのに必要な時間は約 4 分です。

内田裕也氏が死去


ロック歌手で映画俳優としても活躍した内田裕也(うちだ・ゆうや、本名内田雄也)さんが17日、東京都内で死去しました。


79歳でした。


内田さんは兵庫県西宮市出身。


17年11月に脱水症状で倒れてから車椅子生活を余儀なくされていました。


18年9月15日に妻で女優の樹木希林さん(享年75)が亡くなって半年後の死でした。


やはり、妻に先立たれた夫は後を追うように亡くなるよいうのは本当のようです。


内田氏の晩年は病気と怪我と戦う日々


内田氏は年明けから体調が悪化し、17日に亡くなりました。


内田氏は、本木雅弘(53)と長女の也哉子(43)の父。


内田氏は晩年は病気やケガと闘う日々が続いていました。


16年11月に英国ロンドンのホテルの浴室で転倒し、尾てい骨を強打。


17年夏には転倒して右足甲を骨折し、同11月に脱水症状を起こして緊急入院するなど、満身創痍でした。


内田氏の音楽活動と私生活


内田氏は、高校を中退後、1957年にバンドボーイとして音楽活動をスタートさせ、66年のビートルズ日本公演では尾藤イサオ(75)らとの特別編成のバンドで前座を務めました。


また、沢田研二(70)らをスカウトし、ザ・タイガースの前身をつくりました。


参照:ツイッター


70年代からは映画俳優としても活躍し、話題作に出演。


参照:ツイッター


私生活では故かまやつひろしさんの紹介で出会った希林(当時悠木千帆)さんと73年10月にスピード結婚し、その後別居。


81年には一方的に離婚届を提出し、希林さんが訴訟を起こし離婚成立を阻止するという事件もありました。


希林さんとの別居生活は43年半にも及び、裕也さんは大麻取締法違反(77年)、銃刀法違反(83年)、そして強要未遂と住居侵入容疑(11年)と3度の逮捕歴を重ねましたが、それでも希林さんは離婚せず。


2人にとってお互いは特別で最愛の存在だったということです。


長女の也哉子が離婚しない理由を聞いた際に希林さんは「彼にはひとかけらの純なものがあるから」とし、一方の裕也さんも「一生頭が上がらない」と話していました。


内田氏は、自由奔放な人生を貫き「シェキナベイベー」「ロッケンロール」が代名詞。


本当に自由奔放を絵に描いたような人生でした。


ご冥福を祈ります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です